桐壷帝の譲位後、源氏は物憂い日々を送っていた。源氏は右大将となって東宮の後見を委ねられたが、世の中は一変して右大臣方が権勢を振い、桐壷院とともに仙洞御所で閑雅な日々を送る藤壷も源氏にとってますます届きがたい存在となっていたのである。
 かねて源氏の冷淡な態度を嘆いていた六条御息所は、娘が斎宮にト定されたのを機に自分も伊勢に下向してしまおうかとも考え迷っていた。賀茂の新斎院御禊の日、源氏も特別にその行列に供奉するとのことで、懐妊中の葵の上は女房たちにせがまれて見物に出掛けたが、気持ちを慰められようかと姿をやつして見物に出ていた御息所の車に、従者どもが左大臣家の権勢を笠に着て乱暴をはたらくという事件が起こってしまう。人波の後ろに押しやられた御息所の屈辱感はぬぐいようもなかった。
 それ以来、恨みの深く内攻した御息所は、体調もすぐれぬまま、夢に憎い相手を責めさいなむと見ることが度重なる。いっぽう出産を控えた葵の上は執拗な物の怪にひどく悩まされていた。物の怪調伏の加持祈祷が盛んにおこなわれたが、そんなある時、源氏は不意に御息所の生霊に対面、女の怨念の深さに愕然たる思いであった。
 葵の上は難産の末に男子(タ霧)を出産するが、秋の司召で邸内の人少なの折、急な発作に襲われて帰らぬ人となった。ようやくお互い心がとけあってきた矢先の葵の上の死に、源氏は愛情薄かった過去を侮い、悲しみに沈む左大臣邸で四十九日間しめやかに喪に服した。
 喪が明けて二条院に戻ると、ここはうって変わって明るい光に満ちている。源氏は、しばらく見ぬ間にすっかり大人びて、面ざしもますます藤壷中宮に似てきた紫の上に満足し、新枕を交わした。紫の上は思いもよらぬ経験とて源氏をうらんだが、源氏の愛情は深まり、この結婚のことを父兵部卿宮をはじめ世間に知らせようと考えるのであった。
 新年、源氏は左大臣邸を訪れ、故人をしのんだ。

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