六条院御幸後、朱雀院は長く病床にあり、出家遁世の意志があったが、その子女三の宮の将来を案じてなかなか果せなかった。朱雀院は女三の宮の配偶者として多くの候補者を考えたが、結局源氏に依頼することに決めた。女三の宮の裳着の三日後、朱雀院は出家し、見舞いに参上した源氏に女三の宮を託した。年明けて正月二十三日、玉鬘主催の源氏四十賀が行われ、源氏は玉鬘と歌の贈答をし、往時を回想して感慨深かった。二月中旬、女三の宮は六条院に降嫁。紫の上の衝撃は大きかった。この月、女三の宮の処置が決定して後顧の憂いがなくなった朱雀院は、西山の寺にこもった。紫の上と女三の宮との間に板ばさみになった源氏は、朧月夜との旧交を回復して、心理的な重圧からのがれようとした。明石女御は懐妊のため六条院に里帰りし、紫の上はこれを契機に女三の宮と対面した。
 十月より十二月にかけて、紫の上・秋好中宮・勅命のよる夕霧主催の源氏の四十賀がそれぞれ行われた。
 翌年三月、明石女御は男子を出産し、宿願を達した明石入道は満足して、明石の君などに消息を送って、人知れぬ深山に隠遁した。女三の宮に対して、夕霧と柏木とは関心を断ちがたい。特に、柏木の女三の宮によせる情熱には異常なまでのものがある。三月の陽光の日、六条院で蹴鞠が催され、女三の宮の部屋と思われるあたりにいると、唐猫が足を御簾にひっかけて御簾が高く上がり、部屋の中にいた女三の宮の姿があらわになり、思慕の情をいっそうかきたてられた。柏木はその夜、小侍従を介して女三の宮に消息を贈った。

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