源氏は、玉鬘の処置にそろそろ苦しみ始めた。十二月に大原野の行幸があり、このとき物見に出た玉鬘ははじめて、父の内大臣や髭黒らを見る。源氏は、玉鬘に宮仕えを勧めるが、こうなると彼女の氏素姓を明らかにせねばならないため、やむをえず彼は、三条に大宮を訪ねて、夕霧の一件以来いささか不和がちな内大臣へのとりなしを頼みがてら、玉鬘のことを話す。そこで大宮は内大臣を招く。玉鬘の話を聞いて内大臣は不審にも思ったが、結局源氏の意向に従った。
 二月十六日が吉日だというので玉鬘の装着をすることとした。当日は大宮や秋好からもお祝いの手紙や贈りものが届く。中でも末摘花のは傑作であって、源氏はわざと戯れた返事をする。このようにして父子の対面がとどこおりなくすんだ。お祝いにやってきた人たちは、なぜ内大臣が来たのかと不思議がったが、柏木たちは事の次第を聞いてほっとする。螢宮だけは依然として結婚をのぞむが、源氏は宮仕えを理由に断る。ここでおさまらないのは、近江君であった。自分も尚侍にとあちこち頼みまくる。内大臣家の人々は彼女を笑いものにするが、世間ではそういう内大臣家のことを笑っていた。

公開した『源氏物語』の記事をまとめて読みたい方は
    こちらをクリックしてください