翌年になっても、源氏の朝顔斎院に対する関心はさめず、歌を贈るが朝顔斎院は依然として態度を変えようとはしなかった。源氏の長男夕霧は祖母大宮邸で元服し、名前をつける式は二条東院で行った。源氏はあえて六位で殿上させたので大宮は恨んだが、源氏は自らの教育方針で夕霧を大学に入れ、東院に書斎をもうけて勉学させた。
 秋好が立后した。これとともに源氏は太政大臣に、右大将は内大臣となった。内大臣の妹娘雲井雁は、祖母の大宮のもとに預けられ、夕霧とは幼なじみであったが、このようにわかれて生活するようになると、それが恋心と変わった。この噂を、たまたま大宮のもとを訪れた内大臣は耳にする。源氏に対して不快の念をもっていた内大臣は怒って、母大宮の監督不行届を責め、自分の邸に引き取ろうとする。このことを大宮から教えられた夕霧も、どうすることもできない。雲井雁もわが身の不幸を嘆く。ようやく乳母の手引きで、ふたりは会うことができたが、それもつかのま、雲井雁は本邸へ引き取られてしまう。夕霧は六位の身分をつくづくと恥じるのであった。
 その年の五節の舞姫に、惟光の娘が選ばれた。雲井雁との間のことで心静まらぬ夕霧は、惟光の女に歌を詠みかけたりした。これを知って惟光は喜ぶ。翌年の二月、朱雀院へ行幸があり、源氏は朧月夜の噂を耳にする。文章生の試験に合格した夕霧は、秋には五位に上がり、徒従となった。
 式部卿宮は来年五十歳になるので、紫の上はその賀の準備にとりかかったが、継母である北の方は、心よく思わなかった。このころ源氏は、六条御息所の旧邸を修理して、四町に及ぶ壮大な邸宅を造成し、八月に完成した。西南は秋好、東南は源氏自身、東北は花散里、西北は明石の君と、それぞれ割り当て、その町々に応じて、四季にふさわしい庭園をしつらえた。これが六条院である。女たちはそれぞれ十一月までに移り住んだ。

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