源氏は自分をとりまく政情を恐れて、自ら須磨に退去することを決意した。厭わしい世の中もいざ思い捨てるとなると心残りは多く、特に京に残しておく紫の上への愛情は深いが、同伴はできない。都の邸や所領の管理を紫の上に託して、三月下旬、源氏はわずかばかりの供人を伴って京を離れていったが、退去に先立ち、藤壷・東宮をはじめ、左大臣家の人々や花散里,朧月夜と忍んで別れの挨拶を交わし、故桐壷院の北山の御陵を訪うのであった。
 須磨の地の旅装を解いて、身辺が落着いてゆくにつれ、閑居のわびしさは増してゆく。五月雨のころ、源氏は都の女性たちや伊勢の六条御息所に長い消息をしたためた。語り合う人とてない須磨の源氏にとって、都との交信だけが唯一の慰めであるが、源氏を恋しのぶ都の人々の嘆きもまたそれぞれである。紫の上の悲しみは深い。藤壷は源氏の失脚を嘆き、その心用意をいまさらながらありがたく思う。今は参内も許され、朱雀帝の寵を受ける朧月夜尚侍も、源氏への執着を断つことができない。
 心遣りの琴・絵・詠歌に無聊を紛わしつつ、都を思い、流謫の身を嘆く源氏を取りこめて、わびしい須磨の秋・冬は過ぎていった。
 そのころ、上京途次の大宰太弐が源氏を見舞った。娘の五節は源氏の思慕に心が揺らいだ。
 一方、明石の入道は、源氏流離の噂を聞き、最愛の娘、明石の君を奉りたいと願う。入道は、この娘の身の上に幸せをもたらすまたとない機がめぐってきたと思うのである。
 弘徽殿太后の意向をはばかって都からの便りも途絶えていたが、年明けて春、今は宰相となった大殿の三位中将が須磨を訪れ、漢詩や和歌に心を通わし合った三月上巳の日、海辺で開運の禊を始めると、突如大暴風雨が襲った。奇怪な夢におびやかされた源氏は、この地を去りたく思うようになった。

公開した『源氏物語』の記事をまとめて読みたい方は
    こちらをクリックしてください